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HANDICAPPER-555

リアルな障害者が/リアルで生きて/リアルに叫ぶ

集結せよ、障害者世界冊子製作隊

障害者存在向上運動は本格化します。

私は冊子の著者になる事が決定しました。

その原稿は、統合失調症者の過去、現実、展望を描いた内容です。

 

我が家はテレビ不在、需要も不在

1.飲食の接客と言う形で就労訓練を受ける

2.ハローワークと就活サイトによる二刀流の仕事探し

3.作家志望活動

4.余暇で行うバンド練習

5.障害者存在向上運動

 

と、私は五つの草鞋を履きこなし、それは擦り切れそうです。

周りがこの姿を知ると、口を揃えて私へこう言います。

「いつ休んでいるの!?」

 

当然、休んでいます。

しかし、完全に何もしない日はありません。

最早そう言う暇は要らないのです。

一昨年まで、私は重度のひきこもりでした。

家から一歩踏み出す事すら恐ろしかった位に。

 

ひきこもり生活にも育めるものは存在します。

この間に本を読み漁り、知識を脳内に収めていなかった場合。

今頃、私は酷いものを書いていたでしょう。

しかし、現実として、ひきこもりの友と言えば、その位。

後はネットで似た境遇の友人を作るとか、音楽を聴くとか。

私にはその選択肢しか残されていませんでした。

 

因みに、自分の場合、ネットすらひきこもり最後期は怖くなりました。

人間の暗部が渦巻いている感じを受けたのです。

如何程に私が重度だったのか、察せると思います。

全くの間違いではありませんが。

もうそう言う日々が嫌なのです。

 

三度の飯よりペンを持つ

さて、冊子の詳しい話に移りましょう。

 

統合失調症者と書きましたが、これは私の事です。

発達障害統合失調症、の二本立て人生を送っています。

元々、不安神経症と私は診断されていました。

それが抑うつ状態に変化し、統合失調症へと悪化。

と思ったら一昨年、発達障害との指摘も受けました。

身の危険を晒しながら、精神医学世界を縦断している私です。

 

統合失調症と診断され、今年で15年が経過します。

やっと寛解、つまり心の底に病気を沈めて生きている現在。

発病とその過程、今の暮らしと勤務、収入状況、未来。

更には精神医学世界へと患者目線で物申す。

それらを

「心を苦しむ人の一助になる」

と言う目標の元、形にする計画を医師から持ち掛けられました。

 

私は二つ返事で了承。

 

同じ願いを持っている。

自分の意見・文章を広める機会にもなる。

障害者の本領を見せる場にも成り得る。

 

そう言った背景があります。

 

私は原稿を書きました。

先ずは紙に考えを殴り書き、それをまとめ、原稿を執筆。

推敲を繰り返し、パソコン入力して印刷。

合間合間、医師に相談しながら仕上げました。

 

そうして、医師も周りも自分も納得出来るものが完成したのです。

 

駆け巡れ私の意志と言葉

周り、と出て来ましたが、これは限られた範囲の事。

私の原稿はデータ化され、その中を回っているそう。

 

しかし医師は言いました。

「これだけでは勿体無い」

こう言った経緯で、原稿冊子化の話が進んだのです。

 

内容ですが、電気痙攣療法を受けた事まで書いています。

親と当時担当していた医師が結託し、私不在で勝手に受療決定した事実も。

この原稿は彼等への復讐にも値します。

 

両親は私が実家に居た頃、怯えた顔でこう言っていました。

 

「書くのは良いけれども、うちの事だと分からない様にしろ」

 

彼等は分かっているのです。

自分達が悪く書かれてしまう過ちを犯した事を。

けれども、電気を頭に流された私には関係ありません。

当方は記憶も夢も未来も吹っ飛んだのです。

結果、障害者として生きる現在。

 

真実を書いて何が悪い?

何を口出し出来る?

立場を弁えろ!

 

私は容赦無く書きつけました。

淡々とした文章の反面、内容が過激だと言われます。

そうして均衡を取らないと、誰も付いて来られない位酷いらしい。

私の人生は。

 

精神科病棟に戻った理由

今日は冊子化に当たり、挿絵を協力下さる先生と話し合いました。

私の通う精神科病院スタッフも付き添います。

場所は、その病院の閉鎖病棟内の一室。

私も一昨年、その病棟に入っていました。

「懐かしい」と口にする自分は変でしょうか。

 

病棟に突如現れる三人。

スタッフと初老の男性、そして見も知らない女子。

入院患者は皆、呆気に取られていました。

三人はそこを突っ切って、奥の面会室へと入っていく。

 

話し合いが行われました。

挿絵の先生=K先生、とします。

K先生はこの病院と縁の深い方だそうです。

障害者と共にも美術活動に取り組んでいるとの事。

私の原稿をその繋がりで読まれ、協力頂けると発展。

 

話し合いですが、いきなりK先生は斬り込みます。

「で、予算だけど、」

私は度肝を抜かれました。

金銭の話は自分から出来ない、そう思っていたからです。

何となく気が引けていた背景があります。

けれども、K先生は話を独自の方法論で進めていく。

度肝は抜かれたまま、私は付いて行きます。

メモを取りつつ、段取りを整理しつつ。

 

金銭関連の話ですが、具体例を挙げます。

当然、私のような障害者小娘が書いた冊子は最初から売れません。

ですから、価格設定と配布部数の均衡が重要だとの事。

 

価格は安い方が皆、手に取りやすい。

けれども安過ぎると、雑な扱いをされてしまう。

部数は在庫を抱えない為に、最初は少なく作る。

しかし後々何が起きるか分からない為、数部は手元に残る様に。

 

K先生からの忠告は更に進みます。

価格ですが、当然カラー印刷よりモノクロ印刷が安い。

私は文章を主とした冊子を考えていた為、後者を希望しました。

 

K先生「だったら僕の絵もモノクロを選んで来るね」

私「どう言った絵を考えていらっしゃいますか?」

K先生「文章主体なら、絵は抽象的なものが良いと思う」

私「それは何故ですか?」

K先生「文章の雰囲気や印象を壊さないから」

 

今回はそこで時間が来てしまいました。

次回の話し合いの予約をして、終わりです。

私には、完成稿をメールにてK先生へ送る様、言われました。

 

Wordにて作成と保存している文章を、先程送信済みです。

ここで小さな注意点。

私は最新版のWordを使っています。

しかし、そうではない環境も沢山存在しているのです。

ですから、従来のWordでも閲覧出来るファイル形式に変換。

その上で送りました。

 

冊子販売に於ける収入真実

別れ際、私は思い切ってこう訊ねた自分を褒めたい。

「冊子の収益ですが、誰のものになるのでしょうか?」

 

収益、つまり純利益の事です。

これは現在の所、医療団体が協力の上、販売を予定しています。

一体金銭は誰の懐に?

私は常々思いながら執筆していました。

 

K先生「決まっているじゃない、あなたのものだよ」

 

しかし、1冊当たり純利益は50円が関の山だそう。

つまり、100冊売れたとしても、合計は!

 

皆さん。

障害者存在向上運動の賛同と拡散をお願いします。

工賃時給500円と障害年金で暮らす、作家志望の自分にも救いの手を!

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