読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

HANDICAPPER-555

リアルな障害者が/リアルで生きて/リアルに叫ぶ

一個人総不採用発達障害者人生

 2年生で高校中退、次は大検取得、後に大学卒業。

これらを5年で貫いた私です。

つまり、年齢ではストレートで上がりました。

しかも、統合失調症発達障害と言う荷物を背負って。

 

努力振りには定評がある私ですが、また採用選考に落ちました。

その実践記事です。

 

疑問と言うよりも憤怒

相手の会社をA社としましょう。

この会社へ、私は1月下旬に書類を送りました。

送付状、履歴書、職務経歴書ハローワークの紹介状。

しかし、届いていないとの返答を頂いた2月中旬。

ハローワーク経由にて連絡をした結果だったのです。

 

そして今日、見事に不採用通知が郵便受けに突っ込まれていました。

 

半分身が出ていた通知書の封筒のサイズと厚み。

A3規格で自分の送った書類と同じ厚みでしたら、危険信号だと思いましょう。

書類が不採用通知と共に返送されている可能性が高いからです。

私はそれを何度も目にしました。

 

酷い時は、就労支援事業所の施設長宛てに返送されていた時も。

応募した本人の私宛てでは無いのです。

因みにその企業は、国民のほぼ全員がご存知だろう企業。

あるフランチャイズ大手衣料メーカーです。

これ以上は言及しませんが。

 

さて、その封筒は普通郵便にて送られていました。

私は1回、普通郵便で送って未着。

もう1回、書留郵便で送って不採用。

当方は障害年金を貰いながらの生活なのに。

送料を取られ、賃金を得る権利も与えられませんでした。

 

それは良いとしても、掛かった日数を考えてみましょう。

今週の月曜日に着く、そう郵便局員に言われて投函しました。

今日は同週の金曜日。

同じ県の会社なので、普通郵便ならば木曜日に投函されている筈。

逆算すると、水曜日には不採用通知書が作られています。

ならば、その日か火曜日には不採用が決定となっているのです。

 

結論としては、一日二日で決定が下されてしまったと言う。

 

持っている物は無いのに失う図式

A社を受けて、私が失った物。

それは金銭、時間、そして自尊心です。

大袈裟に言うならば、希望や生きる気力も消えました。

 

先程風呂にて、

「好きでこう言う人生送ってる訳じゃねえ!」

と叫んだ私。

常に死にたい自分ですが、今回は少し違う思いをしています。

 

「どうして自分は不採用を食らったのか分からない」

 

年齢も性別も学歴も資格も、全て採用基準に則っています。

ハローワーク職員が電話で確認しても、こう返って来ていました。

「ぜひ応募ください」

と。

 

となると、妥当に考えられるのは。

 

書類にて、発達障害を開示してしまった事です。

 

何故かは分からないけれども基本的に駄目

A社は、正社員且つ、一般雇用として募集を掛けていました。

それに応募した、就労支援事業受援員且つ、障害者の私。

 

今回思ったのは、

「障害者雇用は何の為にあるのか?」

と言う事です。

一般雇用は、当然ながら一般人の為にあります。

つまりは健常者の為に。

障害者雇用は、それに当てはまらない人の為にあるのです。

そうでないと、わざわざ設置する意味がありません。

私は掟破りを犯してしまった様なのです。

 

それに、発達障害者は基本的に面倒。

一から教えて貰って、一から理解して、端的な表現で指示される。

これが就労の上の三大原則と言って良い。

以上がどれか一つでも抜けると、大変な思いをします。

実際に私は何回も自分の面倒臭さに、自殺を考えました。

 

今、世話になっている就労支援施設でも、それは同じ。

何回も言われます。

「ヤマトさんは何回も同じことを言わせるから疲れる」

当方も聞き飽きた言葉なのですが、それを指摘すると大変です。

しかも、分かっていて出来ないのが実際。

それ自体を知っている為、聞き飽きている事実を受け止めるしか無い。

 

一言で語ると、文句が言える立場でありません。

 

数打てば当たる鉄砲が大砲として反撃される

逆の視点で考えてみましょう。

 

当方は様々な企業に不採用を食らっています。

大学時代から全部落ちているのです。

選考が進んだ事すら一度もありません。

 

因みに私の出た大学は、ある準一流私立大学です。

九州では名門大学と言われているそう。

そこの就職率は90何パーセントだとか。

私は極少数の余り者に入ってしまいました。

この時死ねば、以後苦労しなくて済んだのにと後悔の念が凄まじい。

 

しかし、先方、つまり企業からすると、私はこう捉えられる。

 

「落ちた中の一人」

 

そう。

向こうにとってはその他大勢、を構成する人員です。

書類を普通郵便にて返送して終わりの存在。

 

この構図を発見して、私は逆に思いました。

 

「下らねぇ!」

 

色々なものが下らない。

自分の矮小さ、企業の人を見る目の無さ、双方の対応。

もう落ち込んでいる暇は有りません。

 

障害者だからこその選択

私の履歴書職務経歴書は、訳有り見え見えの内容です。

最初にお話しした学歴もそうです。

現在、就労支援事業所に通っているのも同様。

精神科に通院中で発達障害者と来れば、これはもう終わりです。

しかも、収入は僅かと簡単に推測が付くのに、一人暮らし。

 

好きでこう言う人生を送っている訳では無い。

 

そう言う現状に、一筋の光の矢が射し込みました。

 

統合失調症を併発している自分ですが、自伝が冊子化されます。

発達障害、ではなく統合失調症、の分野にて書いているのです。

どちらにも振れられるのは少しも嬉しくありません。

ただ、自分の文章と意見が広まる機会が与えられた事。

それだけが有難いです。

有るのが難しいから、有難い。

 

奥深い言語の道を突き進み、私は職業文人を目指しましょう!

広告を非表示にする