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HANDICAPPER-555

リアルな障害者が/リアルで生きて/リアルに叫ぶ

精神科通院=恥の切り売り論説

原田宗典(はらだ・むねのり)と言う作家が居ます。

彼は真面目、不真面目どちらにも傾ける書き手です。

真面目な内容だと、こう言ったものがあります。

 

「生きるのは恥の切り売りだ」

 

精神障害者の私はこの格言に、いたく共感します。

 

因みに不真面目だと、大変下品になるので詳しい話は避けます。

興味のある方は、著作を購読頂ければ幸いです。

 

エビリファイ効果の切り売り

公式には謳われていませんが、エビリファイ発達障害にも適応されます。

元々この薬は、統合失調症を対象とした抗精神病薬

新しい作用基準のものです。

 

では、何故発達障害にも使われるのか?

 

エビリファイは不安や緊張、ひきこもり状態を抑える効果があります。

それは体の緊張を解すからです。

私を含め、発達障害は落ち着きに乏しい人が多い。

ですから、この効果はそれを持続させる為に有効との事。

実際、私もエビリファイを服用してから、随分落ち着きが出ました。

 

しかも私は、統合失調症も併発しています。

治療にエビリファイを使わないでどうするのでしょうか?

その位に自分の核になる、薬なのです。

 

実際、これを呑み忘れて外出した一日は散々でした。

気分の安定と冷静が次第に無くなって来ます。

最終的に、電車を見ると、その前に自分が飛び込む想像をしてしまう。

ある意味でこれは、エビリファイ中毒でしょうか?

因みに私はその日、人目を憚らず泣きました。

不安と恐怖、絶望に耐えきれなかったのです。

 

薬を呑み慣れた精神科患者の落とし穴、と言って良いでしょう。

当然あるものが、無い。

それ自体が恐怖の素となりますから。

作用も勿論大事ですが、実はこう言った所が危ないと思う私です。

 

さて、このエビリファイの副作用についても語ります。

上記の依存状態もそうですが、他にもあるのです。

 

私が実際に体験したのは、吐気です。

3mgが6mgに増量された際、一日中気分が悪いまま。

医師に報告すると、即刻減量に至りました。

他にも呑むのを頓挫しそうになる位、様々な副作用があるのです。

 

 

本日の恥の切り売り

私は今朝、吐気と腹痛で目が醒めました。

寝床に横たわっている状態で、こう呻きます。

「う、あ、これは駄目だ」

 

起立したらどうなるか?

歩くだけで精一杯。

顔を洗って、再び寝床に入りました。

何をしているのやら、意味がありません。

 

アラームを掛けて眠り、頃合になって勤務先に電話を掛けました。

病欠の内容です。

 

私「申し訳ありませんが、吐気が酷いので休みを頂けませんか?」

相手「吐気?下痢はしているの?」

私「はい、腹痛がしますから」

相手「それは内科で検査をして貰いなさい」

私「はい」

 

そして私は、辛うじて車を運転して内科へ行きました。

 

「そんな状態で運転するな!」

と人は言うかも知れません。

私も出来れば実行したくない。

けれども、内科が中途半端に近かった背景があります。

バスで2停留所過ぎれば到着。

なのに、往復で340円請求されます。

当地のガソリン1リットル当たりの値段は、現在124円。

計算が働きました。

 

さて、内科へ到着した私。

朝一番の患者だった様です。

初診だと言う事を告げ、問診票に記入しました。

その際、いつも後ろめたくなる内容を書かなければなりません。

 

「過去に大きい病気をしたことはありますか」

「現在、病気をしていますか」

「服用中の薬があれば記入下さい」

 

これは私にとって、自尊心が傷付きます。

精神科の患者と言う自分が、現実では恥ずかしいのです。

 

精神障害者への扱いは、基本的に冷たい。

現代社会はそうだと私は具に思います。

私は軽薄な扱いをよく受けますし、馬鹿にされることもしょっちゅう。

だからこそ、バスとガソリン代の計算も働いたのです。

 

家族に関しては、もう私に見向きもしません。

弟とは16年前から、この事情により蔑視されて生き別れ。

 

その為、私は問診票に本当の事を書けません。

 

但し、薬については事実を記入しました。

呑み合わせが悪かったら、大変に困るからです。

 

問診票を提出する私。

受付の看護師はそれを見て、こう訊ねます。

お薬手帳はありますか?」

 

解説します。

お薬手帳とは、今まで処方された薬の履歴が掲載された手帳です。

 

嫌な予感がしつつ、手渡す私。

看護師は奥の部屋へと引っ込みました。

 

本番の恥の切り売り

医師に名前を呼ばれました。

私はなるべく普通の人に見える様に、入室します。

無駄な労力ですが。

 

お薬手帳を持った医師は困り顔でした。

 

医師「色々薬、呑んでるねえ」

私「そうですね」

医師「私では対応が出来ないから、掛かり付けの先生に診て貰えますか」

私「この症状は、精神科の適応と言う事ですか?」

医師「風邪かも知れないけれども、これはねえ」

私「薬の増減は最近、ありませんが」

医師「難しいねえ」

 

歯切れの悪くなる医師の気持ちは分かります。

その理由の一つ。

私の主治医は、精神医学会では権威のある先生です。

お薬手帳には、その名前が堂々と記載されています。

その患者がどうにかなってしまったら。

 

色々な想像は難くありません。

 

 

帰りにまた恥の切り売り

前出の会話をして、診察とも呼べない診察は終わりました。

内科に領収されたのは、私の時間と気力、体力、ガソリン代でした。

診療報酬は要らない、と言われたのです。

 

得した気分と、逆に見放された気分が入り混じりました。

 

 

個人的意見の切り売り

そういう訳で、私は医療機関でも恥を切り売るのです。

精神科の患者とは、以上が日常と言って良い。

ただ、納得出来なかったのは、現在服用している薬は2種類と言う事。

内容は、エビリファイ睡眠薬です。

これを「色々呑んでいる」と言えるのか?

 

今日が過ぎて思ったのは、

「医療はまだまだ分断されて不便」

と言う現実です。

それは、機関と機関、医師と医師、診療科と診療科の間にて。

 

連絡を取り合って診察すればいいだけの話では?

 

患者目線で、私は思いました。

 医師側からも勿論、言い分はあるでしょうけれども。

 

と言った訳で、精神科患者は

「生きる=恥の切り売り」

を体現して経験しています。

 

こう言う人生はもう嫌だ!

叫びたいので、私は障害者存在向上活動を続けます。

納得された方はどうか、御賛同頂ければ幸いです。

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